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| 二代芳春 錦花山焼 古鏡蓋菓子器 |
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松阪萬古初代は伊勢国飯南郡井村の郷土、佐久間吉郎兵衛信春が 安政三年 同郡廣瀬の里に窯を築き百々川萬古と名付け、津城主 藤堂家に納入し御三家を始め大名の御用窯となった。 続いて、 百々川畔にも築窯した。 文久三年(1863)飯高郡下村、大日に下村焼を開業。下村焼は、 四ツ又焼、飯高焼とも呼ばれ、射和や伊賀丸柱、四日市の陶工を招き 蓋物、急須等を登り窯で焼いた。 その後、二代佐久間兵四郎芳春 が引き継ぐ。 明治十一年三月、芳春は陶土採取の事情により、松阪の東南、神戸村 錦花山に窯を移し、 古萬古の流れを受け継ぐ射和萬古の陶工 上島弥兵衛ほか三人の陶工を従え ここで地名により『錦花山焼』と 称した。 射和萬古・百々川焼の二系統を引き継いだその作品には写真のように 釉薬、色盛絵 呉須赤絵の密画等があり、代々その陶風は受け継がれ 大正3年その子三代芳隣が継承、「松阪萬古」と改名して、その子四代 佐久間勝山 そして現在五代佐久間芳山に至っている。 |
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